東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2792号 判決
【主文】
被告は原告に対し、金三四万九二〇〇円及びこれに対する昭和五六年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とし、補助参加により生じた費用は補助参加人の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
【事実】
「第二 当事者の主張
一 原告の請求の原因
1 原告は次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。
発明の名称 麺類の連続茹上方法
出願日 昭和四一年六月六日
公告日 昭和四五年六月二三日
登録日 昭和四七年七月一八日
特許番号 第六五二八〇九号
2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(訂正審決後のもの。別添訂正明細書と同じ。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「湯槽内に支軸を中心とする回動運動により湯槽へ出入する容量の大きい数個の茹籠を設け、之等茹籠を麺の受入後所定時間を経過するとき湯槽上へ引き上げて次の茹籠へ向つて傾かせ、内部の麺を一時的に冷却した後、その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継走することを特徴とした麺類の連続茹上方法。」
3(一) 本件発明は次の構成要件からなるものである。
A 湯槽内に支軸を中心とする回動運動により湯槽へ出入りする容量の大きい数個の茹籠を設け、
B これら茹籠を麺の受入れ後所定時間を経過するとき湯槽上へ引き上げて次の茹籠へ向かつて傾かせ、
C 内部の麺を一時的に冷却した後、
D その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、
E その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送すること、
F 以上を特徴とする麺類の連続茹上方法
(二) 本件発明の作用効果は次のとおりである。
本件発明は、前記構成により、攪拌しないと固まりや茹むらを生じ易い麺類も湯槽から引き上げられて次の茹籠へあげられるとき、落下の衝撃により強制的に攪拌されて、麺線同士の粘着を分離されるとともに、密集する麺線の間隙にもよく湯が浸透するため茹上げ効果を助長され、更には前段の茹籠で上層に位置した麺が後段の茹籠へあけられるとき下層に移つて茹湯の温度差による茹むらを是正されるばかりでなく、麺は茹籠引上げの都度、冷されて過熱状態とならないから、差し水をしながら茹麺を行う場合と同様に茹麺の品質が少しも損われることがない、という作用効果を奏する。
4 被告は、昭和五二年九月補助参加人(訴え取下前被告)から別紙第一目録記載の麺茹上装置(以下「被告装置」という。)を購入し、同装置を用いて麺を茹上げ、販売していた。
5 被告装置による麺茹上方法(以下「被告方法」という。)は別紙第二目録記載のとおりであつて、これを本件発明の前記構成要件に対応して分説すれば次のとおりである。
a 茹釜に寵軸を中心として回動自在に配置された複数個の茹籠を設け、
b これら茹籠を麺の受入れ後所定時間を経過するとき茹釜上へ引き上げて次の茹籠に向かつて傾かせ、
c 内部の麺を一時的に冷却した後、
d その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、
e その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送することからなる、
f 麺の連続茹上方法
6 本件発明と被告方法とを対比すると、被告方法は、本件発明の前記構成要件をすべて充足し、作用効果においても全く同一である。したがつて、被告方法は本件発明の技術的範囲に属する。
なお、被告方法が本件発明の構成要件をすべて充足することは、原告と補助参加人間の特許権使用禁止仮処分申請控訴事件(東京高等裁判所昭和五五年(ネ)第九八九号)の判決(甲第八号証)においても認められているところである。
7(一) 被告は、被告方法が本件発明の技術的範囲に属することを知りながら、又は過失によりこれを知らないで、昭和五二年一〇月三日から同五六年八月二〇日までの間、被告方法により麺を茹上げ、調味加工のうえ販売し、よつて原告の本件特許権を侵害したものであるから、右侵害行為によつて原告が被つた損害を賠償する義務がある。
(二) 原告は被告の右侵害行為によつて少なくとも本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を被つたというべきところ、右実施料としては茹麺の販売額の四パーセントが相当である。そして、被告の前記期間中における茹麺の販売総額は、一か月二五日間操業、一日平均二〇〇食、一食当たりの茹麺価格(原価)五〇円として、別紙計算書のとおり、一一六五万円を下らない。したがつて、原告の損害は右販売総額一一六五万円に一〇〇分の四を乗じて得た四六万六〇〇〇円となる。
8 よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、前記損害金四六万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五六年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
【理由】
一<証拠>によれば、原告がその主張のような特許権(本件特許権)を有すること、右権利にかかる特許発明(本件発明)の特許出願の願書に添付した訂正明細書(本件明細書)の特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることが認められる。
そして、右特許請求の範囲の記載と<証拠>とを合わせ考えれば、本件発明は原告主張のAないしFの各構成要件からなるものであることが認められる。
二被告が昭和五二年九月、補助参加人から別紙第一目録記載の麺茹上装置(被告装置)を購入したうえ、同装置を使用して麺を茹上げ、販売していたことは、当事者間に争いがない。
右争いのない被告装置の構造に弁論の全趣旨を総合すれば、被告装置による麺の茹上方法(被告方法)は、麺の入つた茹籠を茹釜上へ引き上げた際、内部の麺が一時的に冷却されるか否かの点を除き、別紙第二目録記載のとおりであることが認められる。
三そこで、本件発明と被告方法とを対比する。
1 まず、被告方法が本件発明の構成要件A、B、D、E及びFを充足することは、先に確定した被告装置及び被告方法の各構成に照らして明らかというべきであり、なお、この点は被告においても明らかに争わないものと考えられる。
2 次に、被告方法が本件発明の構成要件Cを充足するか否かについて検討する。
(一) <証拠>によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、本件発明にかかる方法において、麺がいかにして冷却されるかにつき、「茹籠は湯槽1上に引き上げられて二番目の茹籠へ向つて傾斜するから、内部の麺は湯を離れて一旦冷却され」との記載が、また、麺を一時的に冷却することの効果につき、「麺は茹籠引き上げの都度冷されて過熱状態とならないから、差し水をしながら茹麺を行う場合と同様に茹麺の品質が少しも損われることがない」との記載があることが認められる。したがつて、本件発明の構成要件Cにいう麺の一時的冷却は、茹籠が湯槽上に引き上げられた際、麺と湯とが分離することによつて生じ、その効果は、差し水を行う場合と同様に麺が過熱状態になるのを防止することにあるということができる。
(二) <証拠>を総合すれば、麺の茹上げに当たつては、茹湯の温度を一定に保つことが重要であり、差し水はそのために行うものであること、湯温としては九八ないし九九度Cが溶出量も少なく最適であり、一〇〇度Cになると、麺の中の空気を発散させて麺の品質を劣化させるし、九六度C以下になると、麺が沈んでいわゆるベタつき麺になりやすいことが認められ、右知見の性質・内容に弁論の全趣旨を総合すれば、右知見は本件発明の特許出願時において既に公知であつたと推認され、以上の認定に反する証拠はない。
(三) <証拠>によれば、岡山大学教授本田博司が被告装置と同一の装置を使用して実験を行つた結果、麺が第一の茹籠から第二の茹籠へ移動する間の麺の内部の温度低下は0ないし0.7度Cであつたこと及び湯槽内の茹湯には自然対流による温度変化があり、場所的には最大1.5度C程度、時間的には最大1.8度C程度の差異が生じたこと等の事実が判明したことが認められる。
(四) また、被告装置の構造を示す別紙第一目録の記載に弁論の全趣旨を総合すれば、被告装置の茹籠には屈曲片を備えた塵取型の無孔板が設けられているものの、右屈曲片は幅の狭いものであるにすぎず、茹籠が籠軸を中心として回動するに伴つて、茹籠内の湯はその大部分が網目部から排出され(別紙第一目録記載第二図参照)、内部の麺は次第に湯と離れ、茹籠が九〇度前後回動した位置においては、残つた少量の湯も流れ落ち、内部の麺の殆んど全部が湯と離れるに至ることは、これを認めるに十分である。
(五) 以上の認定事実に照らして考えると、本件発明の構成要件Cにいう麺の一時的冷却の効果は、差し水と同様に麺が過熱状態になるのを防ぐことにあり、そして、差し水は、一〇〇度前後の過熱状態にある茹湯を最適温度である九八ないし九九度Cまで低下させるように行うべきものとされているところ、他方、被告装置による麺の茹上工程においても、麺が第一の茹籠から第二の茹籠へ移動する間に、麺と湯とが分離し、麺の内部で最大0.7度Cの温度低下が生ずるのであり、湯槽中の麺の内部の温度を0.7度低下させるためには、茹湯の温度は0.7度以上低下させる必要があることは多言を要しないところであるから、被告装置による麺の茹上工程における最大0.7度Cの温度低下は差し水の効果に比肩すべき有意のものということができる。したがつて、被告装置による麺の茹上方法すなわち被告方法においても麺が一時的に冷却され、被告方法は本件発明の構成要件Cを充足するというべきである。
<反証判断略>
3 以上のとおり、被告方法は本件発明の各構成要件をすべて充足するから、本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。
四次に、被告らの抗弁について順次判断する。
1 まず、特許の抵触に関する主張について検討すると、被告が補助参加人から被告装置を購入したことは前述のとおりであり、<証拠>を総合すれば、補助参加人が被告主張のような河田特許権(出願公告日 昭和五八年三月一七日)を有すること、右権利にかかる河田発明は、被告主張のとおり、茹籠の排出口から連接形成された貯蔵部に麺と湯とを収容したまま、茹籠を湯槽上に引き上げ、冷却の余裕を与えることなく、麺を次の茹籠に排出継送することを構成上の特徴とするものであることが認められる。しかしながら、被告装置の構造を示す別紙第一目録中の第二図と河田発明の実施例を示す<証拠>中の第二図とを対照すれば、被告装置の茹籠に設けられた無孔板の屈曲片は、河田発明にかかる装置の茹籠の貯蔵部のうち右屈曲片に相当する部位より、はるかに幅が狭いことが明らかであつて、現に被告装置による麺の茹上工程において麺の一時的冷却が生ずることは、先に認定したとおりであるから、被告装置によつて河田発明を実施することは到底不可能といわざるをえない。
加えて、被告が被告装置を使用していたのは、後に認定するとおり、昭和五六年八月二〇日以前であるところ、河田発明の特許出願につき出願公告がなされたのは昭和五八年三月一七日であるから、被告による被告装置の使用が河田特許権に基づくものといえないことは明らかである。
特許の抵触に関する主張がそもそも適法な抗弁たりうるか否かはしばらく措くとして、被告の前記主張は右に述べた点において既に理由がない。
2 次に、無過失の主張について検討すると、<証拠>によれば、被告は食堂業等を営む会社であることが認められるけれども、それが故に特許権の存否等につき一般に要求される調査義務が軽減されるいわれは全くないから、仮に被告が本訴提起時(昭和五三年三月二八日)若しくは本件訴状送達時(同年四月一一日)まで本件特許権の存在を知らなかつたとしても、そのことにつき相当の理由があるとは到底いえない。
また、被告が遅くとも本件訴状送達時には本件特許権の存在を知り、自己の実施する方法が本件発明の技術的範囲に属しない旨主張してきたことは、訴訟上明らかであり、<証拠>を総合すれば、原告・補助参加人間の静岡地方裁判所昭和五二年(ヨ)第四二一号特許権使用禁止仮処分申請事件について、昭和五五年三月二八日判決の言渡しがあり、同判決においては、被告装置と同一の装置による麺の茹上方法が本件発明の技術的範囲に属しない旨の判断が示されたことが認められる。そして、仮に右判決の内容がその言渡しの日ごろ、補助参加人から被告に通知されたとしても、右通知前はもとより、その通知後においても、右判決の存在をもつて直ちに、被告において被告方法が本件発明の技術的範囲に属しないと判断したことにつき相当の理由があるとすることもできない。ほかに被告が無過失であつたことを裏付けるべき資料、証拠はない。
被告の右主張も理由がない。
五そうすると、被告は、少なくとも過失によつて被告装置を使用し、被告方法を実施して、本件特許権を侵害したこととなるから、原告が右侵害行為によつて被つた損害を賠償する義務がある。
六進んで、原告の損害について判断する。
原告は被告の前記侵害行為によつて本件発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を被つたというべきところ、先に認定した本件発明の内容、<証拠>を合わせ考えれば、右実施料としては、被告装置によつて茹上げた麺の販売額の三パーセントが相当であると認められる。そして、<証拠>によれば、被告は昭和五二年一〇月三日から同五六年八月二〇日までの間、被告装置を使用して麺を茹上げ、調味加工を施したうえ販売したこと、この間、被告は一か月平均二五日間操業し、一日平均二〇〇食の茹麺を一食当たり五〇円(ただし、茹麺のみの価格)で販売し、別紙計算書のとおり(ただし、昭和五六年八月分の操業日数は一六日、販売額は一六万円)、総額一一六四万円の売上げを計上したことが認められる。したがつて、原告の損害の額は、右茹麺の販売総額一一六四万円に前記相当実施料率一〇〇分の三を乗じて得た三四万九二〇〇円となる。
七以上の次第であつて、原告の本訴請求中右損害金三四万九二〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五六年一一月一日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。
(野崎悦宏 安倉孝弘 一宮和夫)
第一目録
別紙図面に示した左に説明する構造の麺茹上装置
一 図面の説明
第一図は茹籠の反転動作を説明するための説明図、
第二図は茹籠引き上げの際の無孔
部の保湯量を示す説明図、
第三図は本装置の重りと駆動機構の要部を示す概略図、
第四図は第三図の矢視図、
第五図は駆動機構を示す一部断面説明図である。
符号の説明
1茹籠、2茹釜、3籠軸、4ストッパ手段、6バランス機構、7駆動機構、8リンク、11重り、15アーム、16出力軸リンク、17昇降杆、18キャボックス、22電磁ブレーキ、20減速機、21モータ、24ウォームホイル、25ウォーム、27セクタ、28ギヤ、a無孔板、b屈曲片
二 装置の説明
茹釜2に籠軸3を中心として回動自在に配置された容量の大きい三個の茹籠1と、茹籠1に入れられた麺を順次他の茹籠1に移し替えるべく各茹籠1を反転させる駆動機構と、茹籠1を装着し且つ茹釜2に回動自在に支持されている籠軸3に茹籠1及びその中に収納された麺の重さとほぼバランスを保つトルクを与えるバランス機構とで、構成される麺茹上装置。
なお、茹籠1は、これが引き上げられたとき下側となる部分を、両側及び底側に幅の狭い屈曲止b、bを設けた塵取型の無孔板aにより形成した構造のものである。
第二目録
茹釜に籠軸を中心として回転自在に配置された複数個の茹籠を設け、これら茹籠を麺の受入後所定時間を経過するとき茹釜上へ引上げて次の茹籠に向つて傾かせ、内部の麺を一時的に冷却した後、その上下を反転しながら次の茹籠へ落下させ、その衝撃により強制攪拌しつつ麺を継送することからなる麺類の連続茹上方法
計算書<省略>